火災にあった我が家に起きたこと(旦那との話も)

不幸日記
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家が燃えるということはかなり衝撃が大きい。

 

 

私はそのころ高校2年生。

 

 

 

火事にあったその日は肌寒いぐらいの日だったので、制服はスカートしか着ておらず、ブレザーやシャツなどは家に置いてあり使い物にならなかった。

 

 

数日後学校に行くと、何事もなかったかのように振る舞うクラスメイト。

 

 

まあ、友達もそこまで多くなかったので、もしかしたら私に関心がなかっただけかもしれないが。

 

 

バイトが一緒だった子は、

「なんか新聞に載ってたんだけど、あれ、みいさんの家?」と聞いてきた。

 

 

 

放課後、先生に呼び出され、制服がないことを伝えると卒業生の服ならあると見せてくれた。

 

 

ただ、問題があり、うちの高校はギャルがたくさん通う高校。

 

 

 

全てスカートのウエストが細く、かなりミニ丈まで切られていた。

 

一応試着。

 

 

 

 

 

 

はいりません。

 

 

こうして私はブレザーだけもらい、スカートはずっと冬服を着用していた。

 

 

 

 

家に帰宅し、父が帰ってくるとだいたいケンカ。

 

もともとかなりの頻度でケンカしていたが、さらに増えた気がする。

 

 

 

怒鳴り声と叫び声が絶えない日々だった。

 

(よく苦情がこなかったと思う)

 

 

 

 

母の八つ当たりに、父の酒乱。

 

私は疲れていた。

 

 

 

 

 

ストレスとPMS(月経前症候群)もひどく友人にも八つ当たりした。

(その時の支えてくれた友人には感謝しかない。)

 

 

 

 

 

その当時、彼(旦那さん)とは付き合っていたのだが、あまり心の支えになってくれなかった。

 

唯一覚えていることは、夜中に引っ越し先のマンションに会いに来て階段に座って話をしていた時のこと。

 

 

 

バイトで疲れたのか、コンビニで買ったチーズバーガーを温めてくれなかったことに対し激怒。

 

 

せっかく買ったものをつぶして投げる奴を横目に見ていた。(あほやろ)

 

 

 

寒い冬、夜中の街並みはさみしい気持ちにさせる。

 

 

ケンカの絶えない家。

 

思い出もなにもかも失った私…

 

 

 

 

感傷に浸って涙する。

 

 

 

 

 

すると、奴はチーズバーガーの腹いせか

 

え?なに泣いてるん?意味わからんのやけど?」

 

 

 

とキレてきた。

 

(彼女が泣いてたら抱きしめるぐらいしろや!!)

 

 

 

 

「あ…こいつ無理だ。」と思ったのはその時で、結婚までに何度か私は包容力のありそうな年上の男性に惹かれ、「好きな人ができた」と別れていた時期がある。

 

 

 

ここでなぜ復縁したかというと、あの人のマメさ(定期的に連絡がきていた)と、20歳をこえたときに少しはマシに見えたからだ。

 

(蓋をあけるととんでもなかった!)

 

 

 

私は火事にあい、ものへの執着が本当になくなった。

 

収集癖の旦那さんと真逆の人間で、なんでもすぐに捨てる。(笑)

 

 

まあ、それでもなんとかここまで生きてきた。

 

実家はめちゃくちゃだが、一応我が家は穏やかな(?)毎日を送っている。

 

 

 

生きてるだけで丸儲けだ!

 

 


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