DVアル中くそ親父と、自己中心的な母のもとで産まれた私

不幸日記
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昨日やっと、「半分、青い。」のまとめた録画を観た私。

 

鈴愛の出産から幼少期を観て、もうタイムリーに見ている人は知っているだろう青年期はまた土曜日のBSを録画してみることにする。

 

それにしても、赤ちゃんってかわいいよな…

なんかもう、産む予定がない私は新生児がとても可愛く見える。

 

もちろん11か月の息子もとても可愛いんだけど。(笑)

 

 

鈴愛の母、晴さんの気持ちも共感できるところが多数あり珍しくこれから朝の連ドラは観ていくこととなる。

 

産まれるまで赤ちゃんの名前を考えてなかったり、産むまでは自分のことばっかり心配したり。(笑)

 

産まれたらすごく可愛がっていたけどね。

 

 

 

 

さあ、そんなこんなで次は私の話。(見てくれる人いるのか?)

 

 

みんな人生色々あると思うが、私もそれなりの人生を送ってきた。

 

 

昔はDVなんて言葉はあまり聞かなかったと思うが、うちの父親は確実にDV親父だったと思う。

 

 

 

幼少期から、謎の北斗の拳ごっこをされ、「北斗七死星点」や「南斗水鳥拳」をされアザをつけられる。

出典www.geocities.jp

「お前はもう死んでいる。グサ!!」とよくされたものだ。

(いつかお前を殺ってやるからな)

 

出典green.ap.teacup.com

 

 

 

だれのおかげで飯が食えてると思ってるんじゃ!(広島県民)」

 

「高校からは義務教育じゃないけえのお。当たり前に学校に行けると思うな。」

 

この言葉しか言えんのかとしか思えないぐらい、一門一句間違えずにしょっちゅう言ってた。

 

(方言が仁義なき戦い風だが、これは普通である。)

 

 

さらに仕事の忙しさからかアルコール依存症なので、夜は荒れ、絡むことが多かった。

 

思春期、そんな父親が嫌でよく反抗していたのだが、逆ギレされたり叩かれることも多々あった。

そう!うちの父親はくそ親父だった。

 

 

 

 

そして母。

 

母もなかなか強力キャラである。

 

わたしが小さい頃は同じように、「だれのおかげで飯が食えてると思ってるんじゃ」と言われ続け、ケンカもするがあの独裁者(当時は金正日と呼んでいた)の言うことをよく聞いていた。

 

母はもともと仕事がしたかったが、父とのできちゃった婚のため仕事をやめ、その後パートをしていたが、私が9歳の時に弟を出産。

 

3歳児検診で引っかかり、知的障害と自閉症があるとのことだった。

 

障害をもった息子を産んだことにショックを受け、自分のせいだと思い詰める。

(馬鹿な父親は、お前が悪いんか?とあほなことをきく。)

 

 

弟の育児のために仕事をやめて、家にいることになった。

 

そのため、余計に自分もストレスが溜まる。

 

父も仕事が早朝4時に家を出て、夜中12時に帰ってくることも多いブラック企業で働いていたので気を遣っていたのだろう。

 

よく矛先が私にも来たものだ。

 

 

 

高校ぐらいになると

 

「なんで私が洗濯物をしないといけないんだ。」とか「ごはんぐらいしかけてよ!」と責められ、

 

テストが終わり、家に帰り昼寝をしていると、急にキレられて叩かれることもあった。

 

 

「あんたなんて産まなけりゃ良かった。」とか

「私は母親になんかなりたくなかった。」と言われたこともあり、

その後ボロボロ泣かれてこっちが泣きたいわと思った。

 

 

そんなこんなでめちゃくちゃな家庭だったが、弟のことがすこし落ち着いてきたのか、母が診療情報管理士という資格を取るために私が専門学校に通っている間、猛勉強をしていた。

 

そして、見事狭き門を突破し、時給2000円以上の派遣社員として52歳の今もバリバリ働いている。

 

しかし、馬鹿な父親はいまだ健在なため、酒を飲んでいらんことをよく言って絡むのだが、ここはさすが高給取りの母。

 

女で口も達者なので最近は泣かすことも多いそう。

 

 

その話はまた別の機会で。

 

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コメント

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