ウテメリンの点滴が抜けて喜んだ先には・・・

切迫早産
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なんかおなか痛い・・・。

 

これが私の最初の陣痛の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

切迫の入院を耐え抜き37週を迎えた私は、点滴から解放され晴れて自由の身となる。

 

次の日は退院していいとのことだったので、帰ったら旦那さんと赤ちゃんを迎え入れるまでに美味しいものでも食べに行こうと浮かれまくっていた。

 

入院をしていることを知っている人たちが、明日は退院おめでとう!とのLINEを送ってくれた。

 

 

2週間ぶりのシャワー。

 

 

夜中はこどもが動いて気になるのと、点滴の副作用で火照って眠れないので、普段はお昼寝をしているのだが、明日はゆっくり自分の布団で眠れる!と思い、最後の病院内を徘徊。

 

退院すれば新居と美味しい食事が食べれる。(この病院はごはんは美味しいほうだったが)

 

今から私のマタニティライフが始まるのだ!!!!(遅い)

 

 

 

 

 

 

 

お昼ご飯のあとに、おそらくドSの主治医がやってきた。

 

「明日、やっと退院だね~。でも点滴外すと張り返しがきて、陣痛がくるかもしれないからそのまま出産もありえるからね。」

 

「それってどれぐらいの可能性ですか?」

 

5050(フィフティフィフティ)だね。

 

 

 

・・・。

私はこの先生から何度もこの言葉を聞いているが、ほとんど100%だと思って良さそうな気がしてきた。

 

 

ガラガラする点滴から解放され、お昼ごはんも食べ終わり、ぐうたらテレビを見ていると急に腹痛に襲われた。

 

大量の便が出て、それが2回続けて起こった。

 

 

 

溜まっている便が全部出たことに喜んでいたのだが、今度はなんだかおなかが痛くなってきた。

 

それは生理痛のような痛みだった。

 

「いたー。生理でも来るんか…。」

と、とんちんかんなことを考えていると、助産師さんが15時ごろやってきた。

 

 

「みいさん、明日退院予定ですね。

今まで切迫で入院してたからちゃんとできなかったけど、これから生まれてくる赤ちゃんのお世話の練習を少ししておきましょうか。」

 

なんて丁寧な人なんだろう。

 

私はそこでおむつ替えや着替えのことなど教えてもらい、おっぱいのマッサージもしてもらった。

 

 

切迫早産で入院中は、おっぱいのケアをするとおなかが張って良くないので正期産に入ってから行わなければいけない。

 

 

「赤ちゃんが飲みやすくなるおっぱいにするために、退院したらしっかりマッサージしてくださいね。」

 

そう言って私のナイチンゲールは去っていった。

 

 

 

 

夕方になるにつれ、どんどん生理痛(のような痛み)はひどくなっていった。

 

ずーんと重い痛み。

しかし、私の知っている陣痛の10分おきの波のある痛みじゃない。

 

 

これはまた違う病気なのかもしれない…。

 

 

 

私は以前へそから膿が出る臍炎というのになったことがある。

 

 

原因はおへそにオリーブオイルを入れて掃除をしたらいいと、おじいちゃんの歯医者の先生に教えてもらったためやってみたのだが、次の日へそからどんどん膿が沸き出てきて腐敗臭がしてきたため仕事から抜け出し皮膚科へ。

 

皮膚科で、「みいちゃーん!おへその掃除はしちゃダメよ!!」と注意されたことがあるのだが、懲りもせず入院中暇すぎたためまたへその掃除をしたのだがその後膿が出ていたのだ。

 

そんなことして膿なんか出してたら絶対怒られると思い、黙っていた。

 

 

 

おそらくこのおなかの痛みは臍炎から来る痛みなのかもしれない…。

 

そう思い、少し様子をみることにした。

 

 

 

しかし、どんどん痛くなるおなかの痛み。

 

晩ごはんも食べれないほどの痛み。

 

テレビを観る気にもならない。

 

みんなへ連絡する気力も起きない…。

 

 

唯一旦那さんへはおなかが痛い。とだけ連絡。

「大丈夫?」の返信に「大丈夫じゃない」と。

 

 

その後、消灯1時間前に「変わりないですか?」と助産師さんが来てくれて、「なんかすごくおなかが痛いんです。」と答えると「何分おきかわかりますか?」とのこと。

 

 

「もうずっと痛いんです…」というと、1時間後に来るからそれまで回数を数えておけと言われた。

 

 

このままじゃ、放置される気がする…と思った私は、消灯前に回数を聞かれ「14回ぐらい」と適当に答えた。(笑)

 

そしてまだ、

「眠れませんか?」と私の救いの手を振りほどこうとするこの人に

 

「眠れません!!!」

 

・・・じゃあ念のためにモニターつけに下の部屋に行きましょうか。と案内してもらった。

 

 

その部屋は待機室と書かれており、私はまだ自分の置かれている立場が分かっておらず、薄暗い部屋の中、孤独と痛みと戦うことになる。

 

 

 

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