切迫早産の入院で幼い息子と離れ離れ!体も心もボロボロになった入院生活。

切迫早産
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私は切迫早産を2度経験したことがある。

なぜ私は切迫で入院したのか

 

2度といっても、こどもはふたりなので私の妊娠の毎度の恒例行事のようになっている。

 

長男の時に入院を経験した私は、友人・知人に「無理したらあかんよ~。切迫なるからね~。」なんて言っていたくせに結局またなっていた。

 

私の考察では、体質もあるやろうけど無理してても気づかない。おなかが張ることがあまり分からない人がなるんちゃうかと思う。

つまりおおらか。(頑張り屋さんね!)←自分を励まそう

 

 

私の場合、長男の時は仕事を頑張っていて、なおかつケチなので一駅・二駅ぶんの距離(30分以上)の病院まで歩いて検診に行っていた

 

職場もそのぐらいの距離だったので、おなかがひきつるように激痛があったときも遅刻をしないように頑張って歩き、入院するまで毎日朝の8時半から夜の8時まで仕事。

 

ちょこちょこ痛いな~と感じたり、ちょっと座らないとしんどい痛みもあったが、この痛みがどれだけ深刻なものか分からなかった。

 

その頑張り屋さんの性格(笑)があだとなり、長男の時は子宮頸管が34週で1.7㎝になっており入院するハメになった。

 

 

次男の時は長男が1歳2か月ごろに妊娠が発覚したため(保育園申し込み後と職場本格的に復帰予定だったのに半分事故)、常にだっこ・追いかけまわす・自転車で買い物・公園で滑り台を滑るなどアクティブに遊んでいた。

 

それのおかげか(?)保育園の慣らし保育3日目の30週で子宮頸管が1.2㎝の切迫早産と診断され、保育時間を延長。急遽入院となったのである。

 

 入院は突然に

 

入院の宣告は本当に突然のものだった。

 

これは他の切迫友達も同じことを言っていた。

 

 

長男の時は、担当のベテランの先生に

「みいさん、子宮頸管が短くなっていますよ。切迫早産です。一応、張り止めの薬をあげて一日様子をみるけど、これで戻らなかったら入院だからね。トイレ以外動いたらダメだよ。ごはんの準備も駄目ね。」

 

「はあ…。正直入院になりそうですか?仕事があるんですけど。」

 

「5050(フィフティフィフティ)の確立だねえ。仕事も休むって連絡していて~。お大事にね。」

 

 

 

処方された薬をもらって、旦那さんに電話をして迎えに来てもらい、

「切迫早産だって~。ははは。(笑)まあ、フィフティフィフティだから大丈夫ちゃう?」

なんて軽い気持ちで喋っていると、見事に次の日入院となった

 

その時まだ出産の入院の準備さえしてなかった私は、助産師さんにかなり注意されて一度自宅に戻り、急いで準備をしてから入院生活をスタートさせた。

 

のちのち話に出てくるが、この時我が家は新居への引っ越し準備中で、その後旦那さんがひとりで引っ越しの準備と長男がいい環境で住めるように必死に家の中を整えてくれた。

 

 

 

次男に関しては、前回の入院の経験を活かし(笑)、早くから入院準備をしていた。

え?もう準備できているんですか?!と驚かれたほどだった。

 

 

こちらの入院の宣告では女医さんが、

「みいさん、今回も切迫早産ですね。このまますぐ入院で点滴を始めます。大丈夫ですか?」

と聞かれ、

「いや、帰れないぐらい悪いんですよね。わかりました。大丈夫です。」

と慣れたもんだった。(笑)

 

 

旦那さんもすぐ駆けつけてくれたが、長男の時は心配の色が隠せなかったのだが、2回目ともなると軽くあきれ顔だった。

 

長男が心配でたまらない私に

「とにかく無理しないで。こっちは心配しなくていいから。」

と言ってくれたのだが、これがなかなか苦労をしたようだった…

 

 

慣れない保育園・イヤイヤ期・食べない長男

 

長男はその後、お迎えが18時ぐらいに延ばされ、私のお見舞いもあるため晩ごはんも20時ぐらいで生活リズムが崩れていた。

 

急にずっと一緒にいたオカンと離れたのが辛かったのか、帰る時は大泣き。

家では今までたくさん食べていたご飯を食べない。テーブルで食べず、食べても地べたでピクニックスタイルで座って食べる。

お茶を投げる。お菓子しか食べない…などの報告が毎日のように送られてきた。

 

もうめっちゃ怒ったで。とかオカンに見てもらってると言われると自分のふがいなさに情けなくなった。

 

 

保育園でも大泣きする。表情が暗い。

先生が連絡帳に、長男が家でさみしい思いをしているぶん甘えれるような環境にしていきますね。と書いていてくれた。

 

 

これは子どもがいてるお母さんなら分かると思うが、すごく辛かった。

私は毎日のように泣いていた。

気持ちも体も元気なのに会えない。

 

点滴もしているからお見舞いに来てくれてもだっこもできない。

最低な母親だと思うが、次男がもう出てきてもいいとさえ思った。

 

 

 

それでもなんとか長男が頑張れたのは、友人の存在が大きかったと思う。

 

ご近所の長男を知っているママ友が、旦那さんが休みの日に長男を見てくれて動画や様子を見せてくれてリフレッシュさせてくれたり、大好物の豆と芋を用意してくれたり…

 

本当にありがたかった。

 

 

私たち家族は一度離れ離れになり、どん底に突き落とされたが、なんとか周りの人に支えられこの1か月を乗り切ったのだ。

 


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